2chのDDOスレを見ていると、「バトルクレリック」なる言葉が出てくる。
とにかくこの言葉には、違和感を感じまくりでしょうがない。
クラシックの頃からD&Dをやっているが、「バトルクレリック」なる用語は聞いたことがなく、DDO関連で初めて目にする用語であることと、そのDDO関連のところでも明確な「バトルクレリック」なるものの定義が曖昧で、「バトクレはハブられる」「バトクレはいらね」みたいな言葉ばかりが並んでいる。
D&Dにおけるクレリックが、「戦闘もできる回復役」なのか「回復もできる戦闘役」なのかは、プレイヤーの解釈次第だろうけれど、回復役をほっぽりだして前線で戦ってばかりいるとするなら、それは文句を言われても仕方がないかもしれない。
回復役特化のクレリックを「キュアクレリック」などと呼ぶらしい。これもDDO関連で初めて目にする用語だ。パーティのメンバーが6人くらいいて、そのうち半分が戦士系で固められているなら、わざわざクレリックが前線に出張る必要も無く、回復防御役専念ということもあるかもしれない。
TRPG的にそういった戦闘特化、回復特化というクレリックはあまり見かけない。大抵はどちらもほどほどにこなすのがクレリックというクラスだ。クレリックが戦闘特化に傾きづらいのは、どんなに頑張っても戦闘能力では戦闘系クラス(ファイターやバーバリアン)には適わないし、回復もちょっとできるようになりたいならパラディンという選択肢もあるが、回復役としてはあくまでサブだ。
大抵の人はクラスの役割の大枠の中で凡庸なキャラになるだろうが、DDOの場合は高速で情報が駆け巡るり、そしてコンピュータゲームであるが故に高速でゲームが進行する結果、傾向が非常に尖鋭化したクラス内クラスというかサブクラスというか、「バトルクレリック」とか「キュアクレリック」といった極端な傾向を持つキャラクターができやすい気がする。これはDDOに限らず、他のMMORPGなんかでもそうなのだろう。
尖鋭化しているが故に遊ぶ人を選ぶ。
一般的にクレリックというクラスに求められる役割から逸脱して、回復を放棄してひたすら前線を突き進むようなタイプのバトルクレリックは、周りから「使えない」目で見られていくことになってしまう。
そこまでは、まぁまだ理解の及ぶ範疇。
問題なのは、こうした傾向がクレリックというクラスの行動の足枷になりかねないことにある。
戦闘の回復はクレリックの大きな軸である。戦闘をしていて回復が遅れて、キャラクターが死んでしまった。なんてことがあると途端に「バトクレかよ、使えねぇな」みたいなこと言われたり、下手するとバトクレ認定でkickされたりするかもしれない。
せっかくパーティで遊んでいるのに、kickされて不愉快にならない人はあんまり居ないだろう。
一方的なレッテルを貼られて、「使えないやつ」呼ばわりされるのも不愉快だろう。
そういった誤解を生まないようにしようとする結果、多くのクレリックから「戦闘行動」という行動オプションを取り去り、ひいてはパーティ全体の戦闘力ダウンをもたらす。回復で手一杯というのならともかく、回復しかさせてもらえないとしたら、クレリックは相当つまらないクラスになると思うのだが。
と、ここまで書いてて思ったが、考えたらちょっと現象を変えればTRPGのセッションの場でもそういうのがいないわけではない。極端なプレイ、非協力的なプレイ、本来クラスとして求められる役割を放棄したプレイというのは、稀にだが話を聞く。身内とかサークルよりも、コンベンションで多そうだ。
周りのプレイヤーやマスターが要望を出しても、「このキャラはそういうキャラクターではないので」とロールプレイを理由に拒否したりする。そういうのを、卓上ゲーム板なんかでは「困ったちゃん」と呼んでいる。まぁもっとも最近の「困ったちゃん」スレにあがる報告は、限りなく犯罪スレスレみたいな大迷惑級困ったちゃんが目立つせいで、こんな困ったちゃんはカワイイ部類に入るのが空恐ろしいが。